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【駄】平成から令和になったよ【ちょっとまじめに】

令和おめでとうございます。

 

崩御でなく譲位で事を進めることができるのはなんてすばらしいことなんだとしみじみ思います。

 

崩御からだと準備大変そうだし、次に天皇陛下になる方の心の準備的にもウェエエ⁉て感じだろうし。国民も悲しみとお祝いとどっち?ねえどっち?みたいな気持ちなってぐたぐだしそうだし。

平成おつかれ!令和おめでとう!ってお祝いムードでいけるのがすごくいいよね。

次も本人がもういいかなって思った時にバトンタッチできる今回の方法でいい気がします。

 

んで、長くいろいろあった昭和、短いけどそれなりにいろいろあった平成。

 

どうなるんでしょうね?

 

できれば令和も戦争や争い・紛争の無い時代になってくれたらと思います。

 

戦争についてふと考えるんですが、

戦争と一口に言っても、

戦争に兵隊として実際に行ったことがある人・そうでない人、

非戦闘員(民間人)でも、空襲の激しい地域にいたのか、疎開先として選ばれる比較的安全?な地域に住んでいたかなど。

 

戦争の時代を生きた人でもとらえ方は様々です。

 

辛かったという人もいれば、

戦争があったおかげで食いっぱぐれずにすんで助かったという人もいて

(開戦前はとても貧しい暮らしをしていたけど戦争に行くことで毎食ご飯が食べれたとか、同じく貧しい生活をしていたけど戦争をきっかけに商売をはじめて戦争のおかげで儲けることができて普通に暮らせるようになったなどなど)

 

私の祖父母は戦争の時代を子供のときに体験している世代です。

地方の田舎住まいなので、本当に「この国は戦争してるんだ!」と実感したのは終戦前の1年~2年くらいで、農家だったので食べ物にも特に困った覚えは無かったそうです。都会の空襲で燃えた街が山の上から見えて、うわっガチで戦争してるやん・・・!とその時実感したそうです。

だから子供や孫たちに「戦争大変だったんでしょう?」「辛かったんでしょう?」と質問されると、「私たちは子供だったしそんなでもないよ」と申し訳なさそうな顔をしながら↑の話を聞かせてくれました。

 

自然災害でも現地に自分や身内・親しい人がいたら身近に感じることができますが、距離が遠くなるとどうしても心もなんとなく疎遠になってしまいます。

 

災害があったらこうしよう!こういう援助をしよう!自分が被災したらこうしよう!とか、日々ちょっとずつ意識していないと遠くなっていく感覚がします。

 

話がちょっとずれましたが、

新しい時代で、

視点の多さ、多角的視点で物事を見て考えて実行する。柔軟に対応して変化していくことが、この先どんなことが起こっても自分を支えてくれる一つの方法じゃないかなと、寝起きに令和のニュースを読みながらふんわり思いました。

 

たまに今回みたいなまじめなことも書きますが、基本的にはアホなこと好きなので令和もアホアホウホウホ言いながら好きなことをのべーーっとだらーーっとやっていきます。

 

そうそう、Twitterでは22時23時24時と1時間ごとにらくがきをアップして俺得★平成→令和カウントダウンをしていました。

おかげでRTとふぁぼたくさんしてもらえて、「銀妙好きな人こんなにおるんやーん!!!」と嬉しくなった令和元年の朝でした。